高野辰之

   「高野辰之」作詞一覧表【PDF形式】

生家近くに今も見られる唱歌「故郷」の原風景
♪兎追ひし かの山 小鮒釣りし かの川
 兎追いは、自然豊かな山村の冬季間の子どもたちも加わった村総出の行事でした。
 唱歌「故郷」は、作詞した高野辰之が少年の日に友達と野山で遊んだ情景を懐かしんで作ったものです。
 高野辰之が生まれたのは、明治9年。生誕地の現中野市大字永江は、眼下に斑川(ハンガワ)が流れ、後方をなだらかな山に囲まれた棚田や畑が広がるのどかな山裾にあります。
 清冽な水が流れる斑川、辰之生家から眺められる大平山(オオヒラヤマ)などの里山が、「故郷」の舞台です。
 今も山里を少し歩くだけで、辰之が生まれ育ったころの風景に出合うことができます。
♪夢は今もめぐりて 忘れがたき故郷
 辰之の歌からは、ふるさとを遠く隔ててなお絶ちがたい懐旧の念を感じることができます。
          


国文学者として偉大な功績を残す
 厳しい父のもとで躾けられた辰之は、農業の手伝いをするかたわら、土蔵に隠れて本をむさぼり読むという向学の志にあふれた少年でした。高等小学校を卒業後、母校の永田尋常小学校の代用教員を務め、その3年後には長野県尋常師範学校(現信州大学教育学部)に入学。この頃から、千首あまりの和歌を作っていたといわれます。26歳の時、上田万年文学博士(円地文子の父)を頼って上京。博士のもとで国語、国文学の研究に没頭し、やがて「文部省国語教科書編纂委員」に選ばれて、国文学者としての地歩を固めていくのです。国が初めて発行した国定音楽教科書「尋常小学唱歌」を編纂する一方で、「春が来た」「紅葉」「朧月夜」などの唱歌、全国の校歌や中山晋平作曲の「飯山小唄」などを作詞。
 明治後期からは、「日本歌謡史」「江戸文学史」「日本演劇史」を次々と書き上げ、これらは、高野辰之の三大著作として近代の国文学に大きな功績を残しました。大正14年に東京帝国大学から文学博士の学位を、昭和3年には帝国学士院賞を授与されています。



美しい庭園の中にたたずむ高野辰之記念館
 かつて高野辰之が学び、教鞭(べん)を取った永江学校・永田尋常小学校の後身の永田小学校の跡地にあります。敷地内には小川が流れ、辰之の銅像がたたずんでいます。館内には、辰之が父に宛てた書簡や編纂に携わった尋常小学読本、尋常小学唱歌などを展示。音楽室にあるオルガンは誰でも弾くことができ、「春の小川」などの楽譜も用意されています。また周辺には、辰之の生家、菩提寺の天正寺、「朧月夜」の鐘がある真宝寺、斑川、ふるさと橋などをめぐる遊歩道が整備されています。辰之が目にした風景を眺めながら、ふるさとの原風景にふれてみてはいかがでしょう。
  


ふるさとガイドの会
 高野辰之記念館の来館者に、遊歩道を案内するボランティアのガイドです。辰之の生まれ育った風土の魅力を伝え、美しいふるさとをPRしています。団体の皆さまからのご希望によりご案内(1時間〜1時間30分)しますので、2週間前までにご予約ください。(4月から11月までの期間としますが、ご希望にお応えできない場合があります)