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埋納状況
柳沢遺跡出土銅戈・銅鐸
柳沢遺跡遠景
 
収蔵展示室
 平成26年、市民の熱い願いでありました銅戈・銅鐸をはじめとする柳沢遺跡
出土品のすべてが長野県よりふるさとの中野市に委譲されました。
 柳沢遺跡から出土した多くの資料は、全国的にも大変貴重な発見であり、こ
れまでの弥生時代の認識を大きく転換させるものとなりました。
 収蔵展示室では、重要文化財212点を中心に、貴重な資料を展示公開してい
ます。
 展示資料をとおして、古代の先人たちに思いをめぐらせていただければ幸い
です。

柳沢遺跡と銅戈・銅鐸
 柳沢遺跡
 銅戈8本・銅鐸5個が一度に発掘さ
  れました。これだけ数多くの青銅器
  が1箇所で見つかったのは、全国で
  数例しかありません。出雲の神庭荒
  神谷(銅剣358本、銅鐸6個、銅矛16
  本)・加茂岩倉(銅鐸39個)、神戸市桜
  ヶ丘(銅鐸14個、銅戈7本)、滋賀県
  野洲市大岩山(3地点で銅鐸14・9・
  1個、合計24個)など。
 日本最北・最東端での発見です。埋め
  られた青銅器は近畿・中国地方を中心に、長野県より西の地域(福井県・
  静岡県以西)で見つかっていただけです。長野県内では塩尻市の柴宮銅鐸
  だけです。
 西日本と共通する青銅器文化がほぼ同じ時期(弥生時代中期後半、約2,100
  年前)長野県にも及んでいたのです。モノがもたらされただけでなく、そ
  の意義も共通していたことが埋納方法からうかがえます。
 弥生時代、東海地方の影響がつよく見られる長野県南半部と、北陸地方
  との結びつきが強かった長野県北半部の境界に、塩尻の柴宮銅鐸は埋め
  られていました。柳沢は、北陸への窓口であり、善光寺平の北端でもあ
  ります。柴宮と柳沢は青銅器の入手ルートや埋納意義が異なっていた可
  能性があります。
 青銅器は、地表に特別な目印もないところに埋められたため、工事現場
  などで偶然に発見されることが多いのです。丘の斜面、当時の村はずれ
  などが多く、柳沢遺跡のように川のほとりというのは珍しい場所です。
  幸運にも発掘調査の中で発見されたので、埋められ方や周囲の遺跡との
  関係がわかりました。
 水田・ムラの跡とともに、墓が見つかっています。遺跡のなかで青銅器
  がどんな位置を占めたのか考えることができ、大きな墓とそれを囲む墓
  群のすがたから、当時の社会のあり方が見えてきます。
 青銅器
 銅戈は柄に横向きに取り付けて用い、
  敵を突き刺し引き倒す武器です。銅
  鐸は内部に金属棒を吊り下げ、小さ
  な鐘のように振り鳴らす楽器でした。
  ともに原型は中国や朝鮮半島で用い
  られていたものです。
 約2,300年前、弥生時代の日本に朝鮮
  半島から伝わってきました。伝わっ
  た当初から、実用以上の特別な意味
  を持っていたようです。
 日本では、まもなく銅剣・銅矛・銅戈
  や銅鐸が国産化されます。すると、本来は細身の実用武器が、大きく薄く
  見栄えだけのものになり、銅鐸は音を出して『聞く』小形の銅鐸から、大
  きな『見る』銅鐸に変化してゆきます。弥生時代中期・後期の約300年間
  の出来事です。
 武器形祭器は西日本に比較的多く、銅鐸は近畿から東海地方に多いので
  すが、ともに長野県以西の広い地域で見つかっています。
 農耕のマツリ
 日本の青銅器は武器など実用品としてではなく、豊作と繁栄を祈るマツ
  リの道具として発達しました。地域的な偏りは、マツリのあり方の違い
  を示しています。マツリは(祭=政)であり、地域社会の統合のために欠く
  べからざるものであり、地域社会の親近・疎遠が青銅器のあり方に反映
  されているはずです。
 生活や社会が変貌する中で、当時の人びとは初めてふれる金属の輝きや
  音に、神の力を連想したのでしょう。武器形祭器は模擬戦を行った、銅鐸
  は神を招くものから神が宿るものとなったという説もあります。
 青銅器の埋納
 西日本から伝来した貴重な青銅器を
  埋めてしまった理由は、よくわかっ
  ていません。共同体のマツリが、首
  長のマツリに転換してゆく中で、役
  割を失った共同体の祭器が埋められ
  た、一時的に土中に保管したなど、
  いろいろな考えがあります。
 複数のムラから集められ同じ穴に埋
  められることによって、マツリの道
  具は、最も大きな役割を最後に果た
  し終えたとすれば、そこに村々の統合と大地への意識を見ることができ
  るかもしれません。柳沢遺跡は中野市の高社山麓。千曲川と夜間瀬川の
  合流点の狭い空間です。山と川に画される地域的境界であり、交通の要
  所です。
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博物館概要

 中野市立博物館
 長野県中野市片塩1221
 北信濃ふるさとの森
      文化公園内

 TEL0269-22-2005
 FAX0269-22-2005
 休館日:火曜日
   (祝日は開館)

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